東京家庭裁判所 昭和48年(家)8683号 審判 1974年3月18日
本籍・住所 東京都葛飾区
申立人 大川常光(仮名)
国籍 朝鮮、最後の住所 不明
養親 亡鈴木シカ(仮名)
主文
申立人が養親亡鈴木シカと離縁することを許可する。
理由
1 申立人の本件申立の要旨は、申立人は日本人であり養親亡鈴木シカ(以下単に亡シカと略称する)は韓国籍を有するものであり、申立人と亡シカは昭和四四年四月三日届出により養子縁組をしたものであるが、同人は昭和四七年六月二六日死亡したので、申立人は亡養親との離縁の許可を求めるため本申立に及ぶ、というにある。
2 本件記録中の戸籍謄本及び死亡届受理証明書ならびに申立人本人審問の結果によると、申立人および亡シカの国籍、申立人と亡シカとの養子縁組および亡シカの死亡の日時等申立人主張のとおりの事実および申立人が亡シカの養子となつたのは、申立人は現在満三五歳の男性で数年前亡シカの親戚の韓国籍を有する女性と婚約しており、その女性との婚姻については申立人も韓国籍を取得することが女性の両親の同意を得易くするという配慮も働き、双方合意のうえ申立人は亡シカと養子縁組をしたものであつたが、申立人とその女性との婚姻も結局成立するに至らず、申立人は亡シカと養子離縁の交渉をしていたところ亡シカは死亡したこと、亡シカはもと日本人であつたが、昭和二〇年以前に朝鮮に戸籍を有する夫と結婚していたために平和条約発効により韓国籍を有するものとされたものであつて一度も韓国に渡つたこともなく終生日本に居住しており、亡シカ自身韓国には誰ひとり親族は居らず、僅かに申立人を亡シカに紹介した韓国人夫の二、三の親族と交際していたに過ぎなかつたこと、亡シカは財産はなく申立人は亡シカと生活を共にして亡シカから扶養を受けたり相続をしたこともなく、申立人と亡シカとの養子縁組はただ単に亡シカの韓国人夫の縁者との結婚のためにその親族集団に入ることを企図したものであつて、その結婚をしないこととなれば、申立人としては既に亡シカとは親族関係を維持する気持は失なつており亡シカにおいてもそのことは同様であつたこと、しかも亡シカの死亡により養親子関係は解消しているに拘らず、亡シカが外国人であるため、申立人の戸籍上養親子関係が死亡により解消したことの記載がなされないため、申立人は就職あるいは結婚等に、事実上すくなからざる損失を被つていること、を認めることができる。
以上の事実を認めることができる。
3 ところで、本件はいわゆる渉外事件であり、亡養親との離縁許可であるが、離縁に準じて考えると養親の住所地の裁判所が裁判管轄を有すべきところ、養親は日本に居住していたが死亡しているので、本件については、養子の住所地であるわが国の裁判所に裁判管轄があると解され、申立人の居住地である当裁判所が管轄を有することは明らかである。
次に準拠法について考えると本件は法例一九条二項を適用し、養親の本国法すなわち大韓民国民法を適用すべき場合である。ところが、大韓民国民法には亡養親との離縁の制度はない。大韓民国の民法に亡養親との離縁の制度がないからといつて離縁の制度を認めている大韓民国民法全体の趣旨に照すとこれを禁止しているものではなく、養子縁組は養親または養子の死亡により終了するとの解釈をとつていることによると解されるので、大韓民国民法に亡養親との離縁の規定のないのはいわゆる法の欠缺の場合に該当し、この場合は大韓民国民法に最も近似する法を基準として具体的妥当な解釈をはかるべきものと解される。
然るときは、わが民法八一一条六項の亡養親との離縁許可の制度は、養親子関係は養親の死亡により消滅しても残る養子と養親との親族関係を解消し養子の復氏と戸籍の処理をするために設けられた制度であり、家庭裁判所において、相続関係、親族間の人間関係等一切の事情を考慮して自由裁量によりその許否を定めるべきものとしているものであるから大韓民国民法に規定の欠ける部分を、養子縁組届出によつて養親子関係を成立せしめる点および戸籍制度等多くの近似点をもつわが民法の上記法条に準拠して解決しても大韓民国民法全体の法秩序と矛盾しないと解される。よつて本件についてはわが民法によりその許否を考えると、申立人は亡シカの親族とは何ら親交なく、また亡シカの財産の相続等をしていることもなく、申立人はただ、戸籍上の養子関係の記載の抹消を求めているに過ぎないこと等を勘案すると、申立人の本件申立は相当と判断される。
よつて本件申立を認容し、主文のとおり審判する。
(家事審判官 野田愛子)